風景居酒屋 ごじゃ満開

4年間の二重生活を終え、2020年7月より3度目の南部奉公。 前菜(日々の与太話)を添えて、岩手県を始めとするあちこちの風景をご提供しています。

4024)3698日目の初乗車(北海道新幹線 4景目)

 気象庁は「最初の揺れ(28日)から1週間程度は大きな揺れに注意」と言っていましたが、昨晩も熊本地方で再び最大震度5弱の地震がありました。以前ならば「余震」と呼ばれていたのかもしれませんが、「平成28年熊本地震」でこの言葉の課題が浮かび上がったことにより、聞かなくなりました。死語になったわけではないようですが、確かに緊張感が弱まる字面ですね。

 本日は、北海道新幹線初乗車の復路編です(往路はこちら)。盛岡から新函館北斗に至り、道南を長万部まで往復後、道南いさりび鉄道にて木古内へ至り、木古内から北海道新幹線に乗って本州に戻ります。木古内から乗車したのは、見える中では私の他4~5人でした。

(はやぶさ32号東京行 -E5系10両_木古内-)

 木古内を発車し7分で青函トンネルに入りましたが、周囲でそのことに盛り上がっている人はいませんでした。やはり、青函トンネルはもう特別なトンネルではないということでしょうか。

(青函トンネル進入告知画面)

 青函トンネルに入って22分後に、本州の車窓が現れました。今日は津軽海峡を挟んで本州も道南も快晴の1日でした。トンネルを出ると右手に青函トンネル入口公園が現れます。一瞬で過ぎてしまいますが、小高い公園からは新幹線が青函トンネルを出入りする様子を見ることができるのでしょう。

(青函トンネル入口公園 -今別町 2026/5/10ー)

 「でしょう」というのは、新幹線の出入りを見たことはありませんが、21年前の5月にここに立ち、トンネルから出てきた電気機関車を見たことがあります。こんな感じに新幹線が見えるのでしょうね。

(青函トンネルを出てきた回送機関車 -2005/5/2-)

 奥津軽いまべつに停車の後、水田を見下ろして新青森へ向かいます。水田の向こうは青森湾にそう街並みがあり、その先には青森湾、更にその先には下北半島が見えました。

(奥津軽いまべつ~新青森間 ー青森市小橋 2026/5/10ー)

 ほどなく新青森への到着案内が流れ、右手には岩木山が霞んで見えました。木古内から新青森まで49分ですから、物理的には津軽海峡を越えての通勤・通学も可能ですね。

(岩木山遠望 -新青森~奥津軽いまべつ間 ー2026/5/10ー)

 私にしては珍しく、快晴での1日。車窓を堪能した1日でもありました。

(新青森に到着した「はやぶさ32号」 ー新青森 2026/5/10ー)

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#北海道新幹線

4023)潮の差し入る川へ(7景目 木古内駅)

 「令和8年熊本地震」、大きな被害や犠牲が出た中で少しずつ復旧が進んでいますが、九州新幹線の熊本~新水俣間の運転再開は時間を要し、8月中の再開は困難と報じられています。報道どおりであれば発災から1ヶ月ちょっとでの復旧となりますが、東日本大震災での東北新幹線全線再開までは1ヶ月半、新潟県中越地震で不通となった上越新幹線は全線再開まで2ヶ月費やしていました。もちろん地震の規模や影響がそれぞれなので復旧までの優劣はありませんが、災害に強いと言われる鉄道も大地震からの復旧にはある程度の時間が要るのでしょう。もちろん、復旧に尽力される方々あってのことです。

 「潮の差し入る川」の続きです。いさ鉄(道南いさりび鉄道)で着いた木古内駅を眺めます。とはいえこの次の乗る北海道新幹線までの乗り継ぎ時間は約20分しかありません。木古内は可愛らしい音の響きですが、語源となった木古内川は満潮時に川が逆流し、これを「リリオナイ=潮の差し入る川」とするアイヌ語という説があります。

 いさ鉄木古内駅は無人駅。降車客はホーム先端の階段を上って跨線橋を渡ると橋上の待合室に至ります。待合室にはかつて発着していた松前線(木古内~松前)や江差線(五稜郭~木古内~江差)のサボ(行先表示)や、JR北海道時代の駅名標などが展示されており、鉄心を少しくすぐります。

(松前・江差線の思い出・・ ー木古内 2026/5/10ー)

 待合室の隣にも小部屋があり、パンフレットが並んだ先に「木古内さいか」と名の付いた女の子のボードが置かれていました。昨今各地の鉄道にいる「鉄道むすめ」なのかな?と思いましたが、後で調べてみるとゲームアプリ「ステーションメモリーズ」のキャラクターのようでした。

(木古内さいか ー2026/5/10ー)

 そんないさ鉄木古内駅の待合室を出ると木古内駅を南北に渡る跨線橋があり、待合室側に駅名を記した「表札」が掲げられていました。

(道南スギ?の木古内駅名標 ー2026.5.10ー)

 木古内駅の南側には道の駅があり、そちら側に降りてみました。南側ロータリーから見ると南側はいさ鉄の駅舎、北側はJR北海道の駅舎のようでした。そしてロータリーにはドッグランがあり、愛犬と楽しんでいる方々がいました。

(木古内駅南口 ー2026/5/10ー)

 おっと、のんびりはしていられません。今度は跨線橋を渡ってJR木古内駅に向かいます。新幹線の駅らしい造りですが、売店も無く改札はコンパクトでした。1日あたりの停車本数は上下各8本、乗車人員は30名程度のようですから、十分なのでしょう。

(木古内駅新幹線改札 ー2026/5/10ー)

 車窓観光だけの道南往復はこれにて幕。お付き合いありがとうございました。

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4022)潮の差し入る川へ(6景目 茂辺地から木古内)

 「令和8年熊本地震」、現在も懸命な復旧・救助活動が続いている様子と共にガソリンを求める車の長い列も報じられていましたが、その光景に東日本大震災後にガソリンスタンドに並ぶ車列を思い出した方もいるかもしれません。私も然り。当時の私は千葉市民でしたが、「ガソリン不足」が報じられると、ガソリンスタンドに長い車列ができていました。どのように報じても「控えよう」という人と「確保しよう」という人が出てくるのは致し方ないのでしょうが、報道されなければ状況は被災地外に伝わらないし・・難しいですね。

 「潮の差し入る川」の続きです。茂辺地で貨物列車と交換した我が木古内行は再び函館湾に沿って進みます。茂辺地の隣は渡島当別ですが、ここはトラピスト修道院への最寄駅だそうで、副駅名が「トラピスト修道院入口」をなっていますが、修道院のHPには「渡島当別駅から徒歩20分」とありました。修道院を見てきた風の方が2名乗車してきました。

(渡島当別駅名標 ー2026/5/10ー)

 渡島当別を出ても函館湾に沿って進みますが、渡島当別から釜谷にかけての車窓は初めて見た1984(昭59)年8月の記憶が残っています。この時は中学校の同級生と五稜郭や松前城を巡り、函館~木古内~松前を往復しましたのですが、松前からの復路で窓を全開にして風を浴びながら、少しずつ近づく函館山を眺めました。

(この日の渡島当別~釜谷間 ー北斗市三石 2026/5/10ー)

(42年前の渡島当別~釜谷間)-上磯町三ツ岩 1984/8/15-)

 42年前の車窓と今の車窓を交錯させながら、列車は木古内町へ入り、釜谷に到着しました。国鉄末期に流行?した、貨物車両を活用した簡易待合室が今も現役でした。その手前に掲げられている縦型ホーロー製の駅名標も国鉄時代からの現役なのでしょうか。

 

(釜谷駅舎 ー2026/5/10ー)

 その釜谷では、渡島当別から乗って来た2名が下車しましたが、発って数分すると、車窓左手を風車や船の模型が置かれている公園が過ぎていきました。「サラキ岬」で、その沖には咸臨丸が眠っているとされています。チラリと見えた船は咸臨丸のモニュメントのようでした。また、咸臨丸が縁でオランダで製造された縁でチューリップ花壇が整備され、5月にはチューリップフェアが開催されています(木古内町HP)。今年のフェアは6日で終わっていましたが、車窓からは赤白黄色の姿が見えました。

(サラキ岬 -木古内町亀川 2026/5/10-)

 泉沢そして最後の途中駅札苅を発車して2分程で、今度は車窓左手に芝桜が広がりました。「札苅芝公園」といい、木古内町のHPにも載っているのですが、なんと個人が手入れをしている芝桜園でした。今回の道南往復では海と新緑ばかり目にしてきましたので、カラフルな芝桜が目に新鮮でした。

(札苅芝桜公園 -木古内町札苅 2026/5/10-)

 約1時間のいさ鉄もまもなく終点木古内、山側から北海道新幹線が近づくと木古内に到着です。山側には重厚な北海道新幹線木古内駅が建っていますが、わがいさ鉄は島式ホーム1本の他に側線が数本設けられています。

 

(跨線橋から見たいさ鉄木古内ホーム -2926/5/10-)

ところで北海道新幹線が開業して10年以上経っていますが、ホームの柱には開業告知のステッカーが貼られたままでした。開業直前の雰囲気を残そうとしているのかそれとも・・。

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#道南いさりび鉄道

4021)潮の差し入る川へ(5景目 五稜郭から茂辺地)

 「令和8年熊本地震」から1日経ち、昨晩時点で200回以上の揺れが記録されるなかで、徐々に被害の状況が報じられていますが、今回は真夏に発生したゆえ、避難や復旧作業は暑さへと戦いながらとなっており、より心身への負担が大きいものであろうと思います。今日の熊本市は35度、明日以降も35・36・37・39・39・38・38度と猛暑日続きの予報が出ています。一方こちら盛岡の明日以降は30・30・28・29・30・31・32度・・・暑いなんて言えないですね。

 「潮の差し入る川へ」の続きです。ディーゼル機関車のエンジン音が響く五稜郭駅ホームに、いさ鉄の木古内行が国鉄時代に製造された気動車1両で到着しました。座席は半分ほど埋まっており、昼下がりにしては乗車率はよいのではないでしょうか。

 いさ鉄(道南いさりび鉄道)は、北海道新幹線開業を機にJR北海道から経営分離された江差線(五稜郭~木古内)を運営しており、2016(平28)年3月に開業しました。この区間は北海道新幹線開業前まで青函特急が走っていたこともあり電化されていましたが、いさ鉄の旅客列車はすべて気動車です。

(1両の木古内行 ー五稜郭 2026/5/10ー)

 五稜郭を発車すると函館本線と分かれて、函館湾沿いに進みます。といっても海岸からは少々離れています。最初の停車駅は「七重浜」、この地名を聞いて、青函連絡船洞爺丸が座礁・転覆した地であることを連想する方もいらっしゃると思います。この事故が青函トンネル建設構想が具体化する契機になったとも言われており、こういう旅行ができるのはそういう背景があってのことだなと思います。

(七重浜駅名標 ー2026/5/10ー)

 いさ鉄は本州と北海道を結ぶ多くの貨物列車が走っていますが、単線なので各駅ですれ違うことになります。七重浜の2つ先の久根別では長編成の貨物列車が待っていました。いさ鉄が大家さん(第1種)で貨物列車は賃借人(第2種)ですが、貨物列車が主役の路線に思えなくもありません。

(久根別ですれ違った貨物列車 ー久根別 2026/5/10ー)

 木古内行はワンマン運転。後部デッキに立ち、右に左に動きながら車窓を愛でていましたが、沿線で比較的大きな上磯を発つと、山側に駒ヶ岳が見えました。今回の車窓での見納めですが、最後まできれいな山容を見せてくれました。

(見納め駒ヶ岳 ー茂辺地~上磯間 20206/5/10ー)

 その後列車は海沿いに出、函館湾を挟んで函館山が見えました。七飯から見た時はやや逆行で霞んでいましたが、ここからは順光ですっきりと見えました。

(函館湾ごしの函館山 ー上磯~茂辺地 2026/5/10ー)

 長いトンネルを抜けると茂辺地。上磯までは上下31本走っていますが、茂辺地に至る旅客列車は上下14本と半数以下になります。青森県の野辺地と聞き間違いしそうですが、JR時代には「茂辺地から野辺地」なんて切符を手配した人もいるのではないでしょうか?

(車窓越しの茂辺地駅 ー2026/5/10ー)

 茂辺地では貨物列車の到着を待ちました。やってきた貨物列車は七重浜ですれ違った貨物列車同様長大編成でした。対するこちらの乗客は駅ごとに減り、車内もだいぶん空いていました。

(茂辺地で交換した貨物列車 ー茂辺地 2026/5/10ー)

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4020)令和8年熊本地震

 昨日の終業後の雑談で奉公先のコが「定年になったら西の方に旅行に行きたい」と言い出し、「あと20数年後ですけど」と笑って退勤していったのですが、「西の方」が九州だったのかは分かりませんが、時を同じくして熊本で大地震が発生したと、親族からのLINEで知りました。

 10年前の地震(平成28年熊本地震)発生からしばらくの間、当店前菜では同地震に関して綴っており、本日の暖簾を上げる前に読み返してみましたが、「私は遠くにいて何もできません。報道を見ているとかける言葉も失う。」とよく行くブログに書いてあった一文を載せていました。

 今回も然り。報道を見聞きして被害の大きさを感じつつ、自分の家や家族も心配であろう中で救助活動に取り組む方々に頭が下がる思いで報道を見ていました。これから被害の全容が明らかになっていくのでしょうが、前の地震から10年経ちかなり復旧復興してきた中での大地震、今はお見舞いを申し上げることしかできません。

 ところで、昨日20時時点で岩手の民放4局中3局が通常番組に戻っていました。よくあるL字のテロップも出ていません。それが全国なのか地震の被害が無かった地域だけなのかは分かりませんが・・・・。

 

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4019)潮の差し入る川へ(4景目 五稜郭駅)

 連日猛暑と荒天がニュースのトップを飾る中、私が学生時代を過ごした名古屋も連日話題に出てきており、昨日は36度。今日以降も35・36・36・37・38・36度と猛暑日の予報が出ています。そんな街での4年間、今にして思えばよくクーラー無しで耐えたものですが、日の平均気温を比べると今年は28.8度(一昨日時点)に対し学生だった1987年は26.8度でした(気象庁HP)。当時は今より涼しかったということでしょうか?

 「潮の差し入る川へ」の続きです。函館まで行かず五稜郭で下車し、道南いさりび鉄道(いさ鉄)に乗り換えて木古内へ向かいますが、本日ご覧いただくのはJR函館本線といさ鉄の共同管理駅である五稜郭駅です。

(五稜郭駅舎 ー2026/5/10ー)

 その名は江戸幕府が幕末に造った城郭に因んていますが、アクセス的には函館から路面電車利用が一般的のようです。ただ駅から約2キロだそうですから、歩けない距離じゃないですね。

(五稜郭駅名標 ー2026/5/10ー)

 先述のとおり五稜郭駅はJRといさ鉄が同居していますが、券売機は別々、改札口は1ヶ所ですがJRは自動改札、いさ鉄は有人改札でないと入場できない、でも改札を抜ければ共用という不思議な造りでした。

(五稜郭改札口 ー2026/5/10ー)

 跨線橋から構内の函館方面を眺めてみました。函館から五稜郭を経ていさ鉄まで電化されているので、五稜郭駅の構内には架線が張られています。ホームは2面4線ですが、この他に多くの側線があります。本州と北海道を結ぶ貨物列車はここで進行方向を変えますから、この側線が使われているのでしょう。

(跨線橋から見た五稜郭駅構内 ー2026/5/10ー)

 いさ鉄木古内行が発車するホームへ降りると、隣りホームでは貨物列車の機関車付け替え中でした。エンジンの重低音が響くディーゼル機関車に引かれて函館本線を北上していくのでしょう。

(貨物に連結されんとするディーゼル機関車 ー五稜郭 2026/5/10ー)

 ホームには多くの人が列車の到着を待っており、「こんなにいさ鉄に乗るのか」と思ったのですが、その前にやってきた特急列車にほとんどが乗っていってしまいました。

 

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4018)潮の差し入る川へ(3景目 大沼から五稜郭)

 昨日、最高気温37度の名古屋で行われた大相撲名古屋場所千秋楽、幕内優勝は巴戦を制した安美錦関でしたが、十両も4力士による優勝決定戦を湘南乃海関が制しました。優勝争いは最後まで熱戦が繰り広げられましたが、その一方で盛岡出身の錦木関は7勝8敗と負け越しました。来場所は幕下陥落が濃厚ですが、どうなるでしょう?最高気温23.7度の盛岡で早くも秋場所の番付が気になった日曜日でした。

 「潮の差し入る川へ」の続きです。大沼を発車した函館行は再度小沼と駒ヶ岳を見せてくれました。次に間近で見る日があるのか分かりませんので、後方に小さくなっていく姿をしみじみ眺めました。手前に見える線路は新函館北斗を経由せずに同駅より南の七飯に至る函館本線(通称藤城線)です。こちらの方が勾配が緩いので、主に貨物列車が使用しているそうです。

(小沼と駒ヶ岳と藤城支線 ー新函館北斗~大沼 2026/5/10ー)

 一方こちらは、大沼の次の駅の新函館北斗へ向かって下っていきますが、その途中仁山信号所があります。信号所というのは旅客や貨物の扱いはしませんが列車の行き違いができたりする場所です。

 仁山信号所は信号所から仮乗降場になりJR化後に正式な駅となったものの、利用者の減少で今年3月に再び信号所に戻りました。全国に信号所は170箇所以上あります(by wiki)が、仁山信号所は国鉄時代に「信号所なのに乗降できる」として紹介されたこともあるので子供の頃から知っていました。

(仁山信号所 ー2026/5/10ー)

 仁山信号所を後にさらに下り、建設中の北海道新幹線高架橋が現れ、3時間半ぶりの新函館北斗に到着しました。大沼公園で乗ってきたハイカー達は降りず、1両の函館行の座席がほぼ埋まって新函館北斗を発車しました。

 新函館北斗で小休止の後発車、左手から大沼で別れた藤城支線と再会すると七飯(ななえ)に到着です。駅を目にするのは2009(平21)年5月に函館からここまで往復して以来です。

(七飯駅名標 ー2026/5/10ー)

 17年前に訪れたのは、七飯町付近の国道5号線の松並木を見たかったから(こちら)ですが、その時に駅舎と構内の写真を撮っていました。現在の駅舎は同じ駅舎ながら色が塗り替わっているようです。

(17年前の七飯駅 ー2009/5/9ー)

 七飯を発つと函館山が見えてきたのですが、見慣れている山容と違い、ちょっと違和感のある姿でした。見慣れているといっても、眺めた回数は大したことないのですが。

(函館山遠望 ー大中山~七飯間 2026/5/10ー

 七飯の次の大中山、その次の桔梗と乗車が増え、立客も出て五稜郭に到着しました。この列車の終点は函館ですが、私は次の五稜郭で下車し、「道南いさりび鉄道」に乗り換えます。

(五稜郭駅名標 ー2026/5/10ー)

 今回の「乗ってばかりの旅行」、行程の都合で「函館を表敬訪問」か「道南いさりび鉄道の起点である五稜郭に降りる」か二者択一でしたが、後者を選んだ次第です。

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#函館本線 #七飯 #五稜郭

4017)潮の差し入る川へ(2景目 森から大沼)

 日本では酷暑日が昨日時点で5日連続となっていますが、フランスやスペインでは6~7月の猛暑と少雨で森林火災が拡大し大きな被害が出ています。日本でも毎年のように大きな森林火災が発生しており、世界的にも増えているのかもしれませんが、森林は二酸化炭素を吸って酸素を供給してくれる存在です。森林が減少すればいずれ地球上で必要な酸素量を供給できなくなってしまうのではないか?と密かに心配しています。 

 「潮の差し入る川」の続きです。森からは普通列車函館行で南へ向かいます。森から長万部間で乗車した時と同じく1両。特急から乗り継いだのは私のみで、5名ぐらいの先客と共に森を後にしました。

(キハ150系1両 ー森 2026/5/10ー)

 発車すると左手に「距離は長いが勾配が緩く、駒ヶ岳の東側を経由」する通称砂原線が分岐していき、こちらは「距離は短いが勾配がある、駒ヶ岳西側を回る」本線を上っていきます。

(分岐する砂原線 ー森~駒ヶ岳間 2026/5/10ー)

 駒ヶ岳の西側を上っていく途中ではカーブも多いのですが、南へ向かう函館本線なのに右手に内浦湾が見える箇所がありました。内浦湾は車窓左手と思い込んでいたので最初は「え?どこの海?」と思ってしまいました。

(内浦湾遠望 ー森~駒ヶ岳 2026/5/10ー)

 かつては姫川・東山と駅がありましたが旅客営業は終了し、森から13分上った駒ヶ岳が最初の停車駅です。同駅が宿野辺(しゅくのべ)として開業したはこの区間が開業した1903(明36)年ですので歴史はありますが、1972(昭和47)年に無人化されました。ホームには「駒ヶ岳山頂まで3時間」とありますが、現時点では駒ヶ岳駅からのコースは入山禁止のようです。

(駒ヶ岳駅名標 ー2026/5/10ー)

 駒ヶ岳も次の赤井川も乗降なく発車し、大沼公園に向かって下っていきます。その大沼公園で観光帰り風の人々が20人ぐらい乗ってきました。ハイキング姿がほとんどで、皆さん大沼公園を歩いてきたのでしょうか。この日の私にとっては単なる途中駅でしたが、世間一般には有名観光地の最寄り駅です。

(車窓の大沼 ー赤井川~大沼公園 2026/5/10ー)

(車窓の小沼 ー大沼公園~大沼 2026/5/10ー)

 20人ぐらい乗ってきた大沼公園から800メートルで大沼に到着しました。森で分岐した砂原線と再会する駅は、普通列車しか停車しませんが、ホームから見る駅舎は結構大きく感じました。昔は優等列車も停車していたそうです。

(窓越しの大沼駅 ー2026/5/10ー)

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#函館本線 #大沼

4016)潮の差し入る川へ(1景目 長万部から森)

 先日、朝一番で郵便局へ出向き隣町宛の普通郵便を窓口に出したところ、窓口嬢に「お届けは明後日になります」と言われ、「持って行った方が早いなぁ」なんて思ってしまったのですが、昨日の新聞ではコスト削減で平日の窓口休業を検討していると報じられていました。値上げ・不祥事と日本郵便からは中々明るい話題が聞こえてこないですが、おりしも暑中見舞いの時期です。「暑中お見舞い申し上げます」で景気づけはいかがでしょうか?(もう49年前の曲なんですね)。

 長万部で10数分の滞在の後、函館行特急「北斗6号」で南下を始めます。目的地は「潮の差し入る川」ですが、こういう慌ただしい鉄道旅行は久々です。

 新函館北斗から長万部までは内浦湾を眺めてきましたので、「北斗6号」では山側の車窓を眺めていきます。

(長万部駅へ進入する「北斗6号」 ー2026/5/10ー)

 まずご覧いただくのは我が列車に沿って建設中の北海道新幹線です。鉄道・運輸機構のサイトで工事の進捗情報が公開されていますが、それによると6月時点の国縫~長万部間の進捗は32%~89%と差がありました。

(建設中の北海道新幹線高架橋 ー長万部町花岡 2026/5/10-)

 数分で国縫を通過しました。かつて瀬棚線が分岐していましたが、国鉄末期の1987(昭62)年3月に廃止されました。函館に向かって右側に分岐していたはずですが、踏切を渡ると藪になっており、線路跡を偲ぶことはできませんでした。

(瀬棚線跡・・かな? ー長万部町国縫 2026/5/10ー)

 その後すぐに国縫川を渡ります。川面の両岸は緑一色です。瀬棚線はしばしこの川に沿って瀬棚に向かっていました。

(国縫川を渡る ー長万部町豊野 2026/5/10ー)

 内浦湾を眺めていた往路に比べると今ひとつ車窓を眺める目に力が入りませんが、山崎を通過すると右手彼方に雪をかぶった山が見えました。雪の白さが今日の天気では一層映えます。山の名前は全く覚えられませんので自信もありませんが、遊楽部岳(ゆううらっぷだけ)でしょうか。

(遊楽部岳? ー八雲町立岩 2026/5/10ー)

 八雲町から森町へ入り、沿線に住宅が増えてくると右手斜め先に駒ヶ岳が見えてきました。道南の車窓で右に左に現れてきますが、北海道新幹線からは見えるのでしょうかね?

(森~石倉間 ー森町鳥崎町 2026/5/10ー)

 その駒ヶ岳がどんどん大きくなって森に到着です。往路の森~長万部は普通列車で約1時間でしたが、復路の長万部~森は特急で43分。思った程の差ではありませんがやはり特急は早いですね。

(北斗6号と駒ヶ岳 ー森 2026/5/10ー)

 約2時間ぶりの森。今度も改札を出ずに、往路特急だった森以南を普通列車で辿ります。

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4015)カレイの沢山捕れる河口へ(6景目 長万部駅)

 春・夏・冬休み期間にJRで販売される「青春18きっぷ」ですが、2024年冬の販売分から利用条件が大きく変更された結果、販売数が2023年度の62万枚から2025年は24万枚に大きく減ったそうです。最後に利用したのはこの変更以前でしたので偉そうなことは申せませんが、2024年冬の変更によって使い勝手がずいぶん悪くなったとは思っていましたので、「やはり」という思いでした。お客のニーズを見誤ったのか?あるいは儲けの少ないであろうこの切符を廃止しやすい状況に持っていく作戦なのか?数年後には結果が分かるような気がしています。

 「カレイの沢山捕れる河口へ」道南往復の続きです。本日ご覧いただくのは長万部(おしゃまんべ)駅です。鉄道が開業したのは1903(明36)11月で、函館から北上してきた函館本線はここで倶知安・小樽経由の函館本線と、東室蘭・苫小牧へ向かう室蘭本線に分岐します。鉄道上の要所かつ長万部町の中心で、旅客列車はすべて停車します。

(長万部駅名標 ー2026/5/10ー)

 駅は2面4線ですが中線や側線もありました。森駅で眺めたのと同様、跨線橋からの眺めは広々と感じます。山側には北海道新幹線の高架橋が建設中です。もっと出来上がっているかと思いましたが・・。

(跨線橋からの長万部駅構内 ー2026/5/10ー)

 長万部駅に降り立つのは恐らく1985(昭60)年8月・1991(平3)年1月に次いで3度目です。35年以上前なのであまり記憶がありませんが、駅舎はその数少ない記憶のまま(中は改装されたでしょうが)でした。

(長万部駅舎 ー2026/5/10ー)

 観光案内書の域を出ませんが、内浦湾に面した長万部町はその昔、松前藩とアイヌが激しく戦った地で、1873(明6)年に村の長が置かれたことが町のスタートとのことです(町のHPより)。町名はアイヌ語が由来です。諸説ありますが「カレイの沢山捕れる河口(オサマㇺぺ)」というのが有力な説のようです。漢字は「当て字」ですが、「この当て字にしよう」というのはどのように決められたのでしょうか?

 1965(昭40)年には約1万5千人の人口を有していましたが、今は約4,500人、ただ東京理科大のキャンパスがあり、15~19歳の構成が高いそうです。

 駅のロータリーには観光案内看板が立っていましたが、まだ北海道新幹線は描かれていませんでした。

(駅前の観光案内板 ー2026/5/10ー)

 長万部から再び改札をくぐります。改札からホームまでは地平の長い通路を歩き、その先の跨線橋を渡るとホームに至ります。歴史を感じる造りですが、北海道新幹線の開業に合わせて造り替えられることでしょう。

(改札からホームへの通路 ー2026/5/10ー)

 そんな長万部駅の現在の時刻表、赤文字の特急ばかりです。数少ない普通列車で乗ってきたことが、とても贅沢なことに感じます。

(特急ばかりの時刻表)

 ところで長万部駅といえば「かにめし」が有名です。今回の「道南往復」のお昼にと意気込んでいたのですが、駅構内の店舗では冷凍品しか販売しておらず、ちょっと離れたお店に行かねばなりませんでした。

 あいにく長万部の滞在時間は10数分でしたので諦め、函館行特急「北斗6号」の客となった次第です。

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#長万部 #かにめし