
私的成田街道、週末のお休みを挟んで再開です。本日は京成酒々井駅西側からの続きです。県道137号線で京成電鉄本線を跨ぐと、道は右カーブの下りとなりますが、左手には水田が広がります。冬晴れの中、ポツンと浮かぶ雲の塊が目を惹きました。

(ポツンと白い雲 -酒々井町中川 2020/01/05-)
右カーブの下り坂を降り、京成酒々井駅を右手に見、順天堂大学へ伸びる一本道との交差点を過ぎます。その先で右手に小山があり、妙な位置に建っている鳥居が見えたのでちょっと県道から外れました。
建っていたのは「上岩橋大鷲神社」、大鷲地区の鎮守です。大鷲神社といえば数回前にご覧いただいた県道137号線入口近くにも建っていました。祭神は酒々井大鷲神社と同じく、開拓の神様「天日鷲命(あめのひわしのみこと)」です。

(小山の上の拝殿 -酒々井町上岩橋 2020/01/05ー)
リンクがつながっていない「酒々井観光ナビ」によると、先程「小山」と申したのは「低地古墳」という4世紀頃に築かれた珍しい古墳だそうです。言われなければ大きめの盛り土といった感じですが、この下には当時の有力者が眠っているのでしょうか。
境内?には手水のほかに「青面金剛」という石に掘られた金剛像がありましたが、折れて地面にめり込んでいました。めり込み具合からすると、折れて久しいように見えます。

(痛々しい青面金剛と境内 -同上-)
県道137号線に戻り歩き始めると、左手に道標らしき石造と直方体の石柱が見えました。石柱には「国威宣揚(国家が国外に対する威信を奮い立たせること)」と刻まれていました。このような言葉が使われたのは戦前戦中でしょうから、それなりに長い間ここに建っているのでしょう。

(国威掲揚碑と道標 -酒々井町柏木 2020/01/05-)
右側に建っているのは道標で、正面は「吾道」、左側には「公津(こうづ)」「安喰(あじき)」)と読めましたが、先人のブログによると正面は「宗吾道」で「宗」の部分が欠けてしまったようです。普通は向かう方向の面に地名が刻まれているのですが、形といい文字の刻まれ方といい、よく見る道標とはちょっと違いました。

(独特の形の道標 -同上-)

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